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感涙。

  • 2007/12/07(金) 11:33:04

久しぶりにブルって涙をした動画。

久石譲のもののけ姫のオケ。及び風の谷のナウシカ。
やばい、やばすぎる・・・。

生演奏で聴いたらたぶん号泣だろうなぁ。
CDに焼いて母親と弟と聴こう。

まず「きゃああああああああ!!」って感極まって涙。
これはヘッドフォンで、聴きたい、リリィ・シュシュの映画みたいに。

もののけ。

ナウシカ。

献血。

  • 2007/11/17(土) 12:44:59

金曜の午前中。
授業が終わって、これから秋休みという事実に多少興奮してました。

心躍る。調子に乗る。献血のバス発見。

一度通り過ぎたが、気になりバスに乗り込む。

もしかしたら私の血が誰かを救うかもしれない。

アンケートに答える。
温度計を口に銜え、赤血球の割合を調べる。

よし、右腕でばっちこい。

まず献血の針の太さに驚く。
見たこともないような針の太さ。
だって針の穴が丸見え。
いやいや・・・いかつい針。

勢いよくチューブからパックへ流れ込む血。
意外と血って鮮血じゃない。
人間臭い色。

余裕ぶっこいてた。そこまでは。

暫く待った後、針を抜いて、右手を上に上げる。

頭真っ白。
「やばいやばいやばい」

真っ白の頭の中で必死に思考がフェードアウトするのを食い止める。あ、気絶する一歩手前ってこんな感じだ。と思った。

冷や汗かいて、吐き気がする。
「大丈夫?」って聞かれても咄嗟に判断できない。
即座に冷やしタオルを当てられる。

「目を開けてて。気絶してるかどうか分からないから」
と冷静な看護婦さんに対して、英語が口から出てこない。

言語ってlisteningより speakingの方が難しいんだ、とか、くだらない事を思った。

どうやって家に帰ろう。てか献血受けに来て失神しそうなんて恥ずかしすぎる。出来る事なら笑顔で、さっそうとバスを降りたかった、畜生!

なんて15分後大分楽になって、あ、大丈夫です、と降りた所、
体中が力入らなくて、すいません、もう少し休んでてもいいですか。

すごい気丈な振りをして、こんなんすいませんでした、と言いながらバスを降りる。

立ち眩みが半端ねえ。
ようやくの思いで帰路に着く。

情けねえ。


敗因1.自分の血を大量に見るのは意外とダメだった。
敗因2.朝食食べて無くって空きっ腹献血。
敗因3.緊張気味。


敗因1は、自分の母親と同じだ。

昔母は親指を割れたお皿で切って、血をボタボタしながら、ソファで冷や汗を掻きながら、「私自分の血を見るのはダメなのよ!」とぐったりしていた時を思い出す。

今日の献血事件で、私も自分の血を大量に見るのはダメなんだ、と思った。今まで違うと思ってたのに。

あれ、でも。

3年前、犬の目を摘出する手術に立ち会った時に、ふらっとしたのは? 

でも犬猫の避妊手術、および去勢手術を手伝うのは全然平気だ。

犬の目はダメ。自分の血はダメ。
内臓の血は大丈夫。

公式が出てこない。
なんなんだろう。




生きると言うこと。

  • 2007/10/31(水) 08:23:56

先週の金曜日に、被爆者の方から聴いた言葉が少しショックだったという事が漏れていたので、忘れない内に網羅しておく。

金曜の夜、被爆者の方に、
私が「戦争についてどう思うか」と投げかけた時に、

「日本軍が私利私欲のために人を殺し、コロニーを拡大していった。そういう業と言うものが戦争を引き起こした、悪い事
をした」とおっしゃった。

なんだかやるせない気がした。

何故”やるせない”のか。

たぶん、民族の誇りだからだ。
自分の体を流れてる血が、そう思わせる気がしてならない。

GHQの駐屯で軍国主義、全体主義が180度変えられたのもあるし、戦争における米国に対する理不尽な点も多い。でも、それよりも自分の中で引っかかったのは、

日本人としてのプライドと威厳、そして愛国心。


例えば自分の父親が誰かを殺したとする。
私は、何かそうさせた理由があるに違いないと、一生をかけて弁護すると思う。

だって自分の父親だから。

全世界を敵に回しても私は父親を保護し続ける。

だぶん、それと同じだ。

それは民族の誇りと同じ事だ。

私が日本人である限り、その愛国心は揺るぎないんだろうと思った。

たとえ私が他の国の血が入ってたとしても、揺ぎ無いと思う。

自分の体を駆け巡ってる血は、通った小学校の土ぼこり、両親の愛情、「大河の一滴」を読ませてくれた高校の現国の先生の言葉。そういうモノから作られてると信じてる。

被爆者の方の言葉がすこし淋しいと思った。

私が日本人だからだと思った。






話は昨夜の被爆者の方のお話、フォーマルなスピーチ形式。

金曜の夜と違って、厳かな空気の中、被爆者の二人のスピーチが始まった。

地獄のような光景を目の当たりにしたのがひしひしと伝わった。

もしかしたら、パフォーマンスとしてのスピーチかもしれないと疑った荒んだ私の考えを覆した内容だった。

”原爆を無くすためには、戦争を無くす。起こしちゃいけないんだ、戦争は”

重みのある言葉だった。

広島の原爆。無差別の大量殺人。

引き起こしたのは戦争。

ああ、この被害者は戦争自体を撲滅しようと思っている。

日本人の誇りよりも、なによりも、”戦争を無くす”事に人生を費やしてる、齢78.67にして。

あぁ、やっぱり私は戦争の事何も分かってない。

スピーチの後、「お話有難うございました」と握手して会場を去ったのだが、途中で私は自転車を置いた駐輪所の前で一気に泣き出してしまった。

「有難う御座いました」と握手した瞬間に、被爆者の方が、「ああ、この間来てくれた人だね。僕らと質問する人の間に入って通訳してくれた人だね。ほんとうにありがとう。今夜発つんだ」

私の事、覚えていてくれたんだ、と思った。

民族の誇りよりも、戦争自体を無くそうとする意思。

日本人が悪かった、アメリカが悪かった。
愛国心、日本人としてのプライド。米国の洗脳。
そういう事じゃないんだ。



自分の祖父祖母はもういない。
戦争の事聞いておけば良かったと、今後悔している。

自分の祖母祖父とその被爆者の方を重ね合わせてたのかもしれない。

”戦争を起こしちゃいけないんだ”
その言葉が、亡くなった祖父祖母達の言葉のような気がしてならない。

理想論かもしれない。一人一人正義が違うから、無理かもしれない。

でも、私は高齢にも関わらずコロラドまで来て講演してくれた二人のメッセージを受け取った。

理想論だと言えばそれまで。
でも、戦争を無くす為にはどうしたらいいか、と考えた。

二人は人の心を動かした。






引き継ごうと思った、その意思。

Hiroshima

  • 2007/10/27(土) 12:11:32

今日原爆被害者の方のお話を聞かせていただいた。

核兵器撲滅のためにコロラドまでお越し戴いたそうだ。
今日のスケジュールを伺った所、
朝の9時から5回も講演をなさってようで、大分お疲れだったのに、貴重なお話をしていただいた。

挨拶の後、すぐに私は被験者の方の所へ行って、
東京裁判、国際法、を少しお話を伺った。

私が始めて原爆の被験者の講演を見たのは高校の修学旅行で、原爆ドームへ行った時の事。

初めて現物を見たとき、なんと言っていいかわからなかった。
今まで習ってきた事は歴史的な大雑把な事で、グランドゼロ付近に居た人の言葉、そして展示物、を観た事は無かった。

何を考えていればいいか分からなかった。
何を言葉にしていいか解らなかった。

ただひたすら展示物を見ては、目の前にある現実に唯々ショックを受けるばかりであった。

高校を出て「はだしのゲン」や色々な活動写真を見て、自分の意見を模索する日々だった。私の個人的な意見を探すために黙々をただ書物を読む。

物事を唯、オブジェクティブに観て解った気がしていた、今日までは。

今日、実際に目の前で言葉をゆっくりと紡ぎ出してくれた自分の祖父達を見た。
一言一言、静かに落ち着いて、色々な質問に懸命に答えてくれる姿の67歳と78さい方達。

ふと洗面所にたって、頭の中で整理した。
そして、もう一度お話を伺おうとして、席を戻ろうとしたが、出来なかった。

私は今自分の祖父を目の前にしてるという事に気づいた。

聞きたい事は山ほどあったはずなのに、全部ぶっとんだ。

用意されたご飯もあまり食べずにより多くの若者達に必死に教えてくれようとする姿勢。 

いつ発症するかわからない放射線の爆弾を抱えながら、笑顔で丁寧に接してくれる姿を見て、もう何も言えなかった。

私は、ただ、自分の祖父達に感謝と尊敬の念を感じざるを得なかった。

今の私の生活を支えてきてくれたのは、その方たち。
友人や親族が亡くなろうとも、必死で戦った来た祖父達、祖母達。

核兵器を無くそうと、60数年の時を、立ち上がって、伝えようとする祖父達を見て私は何も言葉を発せ無かった。

写真を撮るときに少しお茶目な事をして全体の雰囲気を良くしてくれた。

よくぞ、生きてくれた。

辛い時、遺憾の念もあるだろうに、私達の祖父達はこうして今笑顔で笑って私の目の前にいる。




こうして私はお話が聞ける。



亡くなった私の実の祖父や祖母に聞けなかった生の声を聞く事が出来る。

今の今まで、これほど、血のつながりの無い人を自分の祖父の様に感じた事は無かった。

私一人で生きてるわけじゃない。
父母姉弟、祖父祖母、叔母叔父。

血の繋がってる人たちだけじゃない。

こうして今私が生きてるのは戦時、戦って亡くなった人や生き残った人の上で成り立っているという事実を忘れてはいけないと切実に感じた瞬間だった。

『ゆきゆきて、神軍』

  • 2007/10/18(木) 11:29:59

また映画ですけど、パンチの効いたすごいの観たよ。

「ゆきゆきて神軍」原一男監督。

本人出演、名は奥崎 謙三。
是非是非wikipediaかなんかで調べてください。すごいです、この人。映画を見る前までは、だれ、このおっさん止まりだったが、いやはや、アナーキーすぎる。もう、何て言っていいか。


第二次大戦中にニューギニアに送られた独立工兵第36連隊の元兵士の生き残りの一人が隊内で起こった兵士銃殺事件の真相を追求すべく元部隊員の家を30数年越しに訪れて・・・なドキュメンタリー。

この独立工兵第36連隊、総勢千数百名居たのだが、
生還したのはたったの30数名。

どれだけ過酷だったのか。
どれだけ死んだのか。


まず、驚いたのは日本兵が食す人肉を指す言葉が、

黒豚、白豚。(現地人の肉、白人の肉)

知らないで食した物もいた。
飢えに飢えて仲間を殺す事もあった。

もう秩序なんて微塵もない。
生きるか、死ぬか。



奥崎 謙三VS上官となってるんだが、
奥崎氏が元部隊員の家を訪れて、

「終戦23日後に何故隊内で処刑が行われたのか!」

と言及する。

元部隊員は「言えない」と言う。

乱闘もしばしば。
取っ組み合いを止めないカメラマンはすごい。



遺族の方、そして奥崎氏の言い分も分かるが、
元部隊員の言い分も分かる。

奥崎氏は真実こそが正義と言ってるが、事実と正義はイコールにならない気もしないでもない。

結構長くてインタビューばかりなドキュメンタリーで、しかも会話が聞き取りにくいのだが、自分なりに、インパクトの在る映画だった。

メインの奥崎謙三に注目。
もう、はちゃめちゃすぎる。面白い。
http://www.youtube.com/watch?v=SSMfGhr0m0Q



あの、有名な外山恒一氏に通ずるものがある。



外山恒一氏はちなみにこの人。
http://www.youtube.com/watch?v=B0Qa9-KiRUo
もし当選したらー・・・の下りが最高に面白い。
世の中パンチの効いた人って居るんだなー。
異色で面白いと思ってしまうがね。

ちょっと違うけど、鳥肌実(芸人)もチェックして頂きたい。

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