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Hiroshima

  • 2007/10/27(土) 12:11:32

今日原爆被害者の方のお話を聞かせていただいた。

核兵器撲滅のためにコロラドまでお越し戴いたそうだ。
今日のスケジュールを伺った所、
朝の9時から5回も講演をなさってようで、大分お疲れだったのに、貴重なお話をしていただいた。

挨拶の後、すぐに私は被験者の方の所へ行って、
東京裁判、国際法、を少しお話を伺った。

私が始めて原爆の被験者の講演を見たのは高校の修学旅行で、原爆ドームへ行った時の事。

初めて現物を見たとき、なんと言っていいかわからなかった。
今まで習ってきた事は歴史的な大雑把な事で、グランドゼロ付近に居た人の言葉、そして展示物、を観た事は無かった。

何を考えていればいいか分からなかった。
何を言葉にしていいか解らなかった。

ただひたすら展示物を見ては、目の前にある現実に唯々ショックを受けるばかりであった。

高校を出て「はだしのゲン」や色々な活動写真を見て、自分の意見を模索する日々だった。私の個人的な意見を探すために黙々をただ書物を読む。

物事を唯、オブジェクティブに観て解った気がしていた、今日までは。

今日、実際に目の前で言葉をゆっくりと紡ぎ出してくれた自分の祖父達を見た。
一言一言、静かに落ち着いて、色々な質問に懸命に答えてくれる姿の67歳と78さい方達。

ふと洗面所にたって、頭の中で整理した。
そして、もう一度お話を伺おうとして、席を戻ろうとしたが、出来なかった。

私は今自分の祖父を目の前にしてるという事に気づいた。

聞きたい事は山ほどあったはずなのに、全部ぶっとんだ。

用意されたご飯もあまり食べずにより多くの若者達に必死に教えてくれようとする姿勢。 

いつ発症するかわからない放射線の爆弾を抱えながら、笑顔で丁寧に接してくれる姿を見て、もう何も言えなかった。

私は、ただ、自分の祖父達に感謝と尊敬の念を感じざるを得なかった。

今の私の生活を支えてきてくれたのは、その方たち。
友人や親族が亡くなろうとも、必死で戦った来た祖父達、祖母達。

核兵器を無くそうと、60数年の時を、立ち上がって、伝えようとする祖父達を見て私は何も言葉を発せ無かった。

写真を撮るときに少しお茶目な事をして全体の雰囲気を良くしてくれた。

よくぞ、生きてくれた。

辛い時、遺憾の念もあるだろうに、私達の祖父達はこうして今笑顔で笑って私の目の前にいる。




こうして私はお話が聞ける。



亡くなった私の実の祖父や祖母に聞けなかった生の声を聞く事が出来る。

今の今まで、これほど、血のつながりの無い人を自分の祖父の様に感じた事は無かった。

私一人で生きてるわけじゃない。
父母姉弟、祖父祖母、叔母叔父。

血の繋がってる人たちだけじゃない。

こうして今私が生きてるのは戦時、戦って亡くなった人や生き残った人の上で成り立っているという事実を忘れてはいけないと切実に感じた瞬間だった。

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  • 2008/01/19(土) 14:16:04
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